人生で一番辛かった登山は何か?と訊かれたら17日間かけて歩いた南米最高峰のアコンカグア山登山と答えますね。
この記事はアコンカグアに個人で入山した時の話になります。記録も含めて原理原則的な話を中心に書きます。
一言に集約すると「本気でエクスペディションを個人で組むなら基礎体力がすべて」です。軽量化のテクニックなど歯が立ちませんというお話、その状況を取り巻く状況についてのお話になります。
ぶっちゃけて言えば体力があって高度順応をしっかりできる時間さえあれば、そんなに難しい場所ではありません。体力と時間が70%、技術は10%、気象条件が20%といった感じかな。
私自身の結果を言えば標高6500mを越えた辺りで撤退しています。
もくじ
山で軽量化を実現できるのは山小屋というインフラが整備されているから
軽量化を実現できるのは山小屋が整備されているからです。ですから軽量化に関するほとんどのコンテンツは、舞台が日本の山で、かつ、山小屋が存在していることが前提で記事が書かれることが多いですよね。それから水を入手できることです。
グリーシーズンの北アルプスなんか最高じゃないですか。ギアと山小屋に頼ればいかようにも軽量化ができる環境にありますからね。
また、エベレスト街道のトレッキングではロッジが数時間ごとにあるから荷物は軽量化できるという趣旨のお話を書きました。
途中で飲み食いができ、水が入手でき、寝泊まりできるという条件があるだけで荷物を格段に減らすことができます。環境が許されるからライト&ファストをやりやすいわけです。
これがアコンカグアに個人で入山するとなると話が変わってきます。軽量化は不可能でなんです。環境がそれを許さないからです。
アコンカグア山に「個人」で入るには体力と意志が問われる
ムーラを使って荷物を運ぶのか、ソロで入るのか、誰かと入るのかで事情が変わってきますが、ここでは誰かと入り自力で荷物を運ぶということを前提に話を書きますね。
意外と自力で荷物を運ぶ人は多く基礎体力がバリバリある欧米人はの中には、背中に大型ザック、フロントに小型ザックを付けて歩いてる方も散見されましたね。こいうの見ると日本人って基礎体力が低いわ、と感じます。
私的な話をすれば妻の荷物(※)も運んでいますのでソロで入る方よりも重い荷物を運んでいます。詳しくは後述しますね。
(※)とはいえ、妻も体重45kgの体で20kg近くの荷物を担いで歩いてる
私が夏季のアコンカグア山に挑戦した時の荷物の重量は約40kgです。この荷物を背負って標高4300mのベースキャンプまで行く体力が必要です。
更にそこから20〜25kgの荷物を背負って標高5000m以上の各キャンプ地まで登攀できる体力、諦めない意志(根性論ではなく)がなければ個人で入山するのは無理です。
先日、登山家の三浦さんはヘリで入っていますが、多くの人が苦労して辿り着く場所でもあります。自力で自分の身と荷物を運んいかなければなりません。個人で入山するということは本当のスタートを切る前に体力が必要なんです。
総重量40kgの荷物を背負ってベースキャンプまで歩く
装備の一部はアコンカグア山へのゲートシティとなるアルゼンチンのメンドーサで調達しました。アイゼンなんか鉄でしたからね。重いですよ。
先ほど妻の荷物を肩代わりして運んだと書きましたが、それは鉄のアイゼンとプラスチックブーツなどを指しています。私が余剰分で持った荷物は以下の通り。
鉄のアイゼン×2人分
プラスチックブーツ×2人分
燃料 4L(ホワイトガソリン)
食料20日分
ダウンや寝袋
テント一式
先にも書いた通りムーラを使ってベースキャンプまで荷物を運べばわざわざ40kgの荷物を背負って体力を消耗しなくてもいいわけです。
とは言え、その後のアタックでは荷揚げはしなければなりません。
理想としてはテントを2つ準備することです。テント1つだから全荷物を荷揚げしなければならなくなります。その場合、やはりムーラを使った方がいいということになります。
ざっくりとした記録
こんな日程で動きました。なお、各地点の標高は様々な情報が錯綜しているため、目安程度で。
日程 | 行動区間 | 備考 |
---|---|---|
DAY1 | オルコネス・レンジャーステーション(2,800m) → コンフルレンシア(3,300m) | |
DAY2 | コンフレンシア(3,300m) ⇔ プラサ・デ・フランシアの展望台まで(4,000m) | |
DAY3 | 休養日 | 休養日 |
DAY4 | コンフルレンシア(3,300m) → プラサ・デ・ムーラス手前(4,100m) | |
DAY5 | プラサ・デ・ムーラス手前(4,100m) → プラサ・デ・ムーラス(4,230m) 高度順応で プラサ・デ・ムーラス(4,300m) ⇔ カナダキャンプ(5,050m) | |
DAY6 | プラサ・デ・ムーラス(4,230m) ⇔ アラスカキャンプ | 高度順応日 |
DAY7 | プラサ・デ・ムーラス(4,230m) ⇔ 5,200m地点 | 高度順応日 |
DAY8 | プラサ・デ・ムーラス(4,230m) | 休養日 |
DAY9 | プラサ・デ・ムーラス(4,230m) ⇔ ニド・デ・コンドレス(5,350m) | 高度順応日 |
DAY10 | プラサ・デ・ムーラス(4,230m) | 休養日 |
DAY11 | プラサ・デ・ムーラス(4,230m) → ニド・デ・コンドレス(5,350m) | 荷揚げ日 |
DAY12 | ニド・デ・コンドレス(5,350m)⇔ コレアキャンプ(5,870m) | 高度順応日 |
DAY13 | ニド・デ・コンドレス(5,350m) | 休養日 |
DAY14 | ニド・デ・コンドレス(5,350m)→ ベルリンキャンプ(5,950m) | 荷揚げ日 |
DAY15 | ベルリンキャンプ(5,950m) → 頂上アタック (大トラバース6500m地点)→ プラサ・デ・ムーラス(4,230m) | アタック途中に下痢に見舞われる。 標高6500mを超えた辺りでアタック断念。 |
DAY16 | プラサ・デ・ムーラス(4,230m) → コンフレンシア(3,300m) | |
DAY17 | コンフレンシア(3,300m) → プエンテ・デル・インカ(2,750m) |
標高6500m付近(大トラバース)で撤退をした
もう数時間頑張れば、6960mのピークに立ち写真に自分の姿を収めていただろうと思います。が、残念ながら戻ってくるだけの体力を温存できる自信がありませんでした。
標高6000を超えた辺りで急に腹痛を起こしたのです。おそらく消化不良だっと思われますが、ほとんどが水分の形で用を足すことになります。つまり、体から水分が抜けてしまったわけです。
これってどういうことか分かりますか?
エネルギーが吸収されてないってことです。体を動かすためのエネルギーは自分の体脂肪からふり絞らなければなりません。その起爆剤となるのが糖です。その糖ですら気持ち悪くて摂取できなかったのです。よくシャリバテにならなかったなぁと思います。とりあえず体は動いてましたからね。
結果的に標高6500mを越えた大トラバースの中間地点を過ぎた辺りまでは行くことができました。が、明らかにペースダウンしていました。おそらくピークまで行くことはできただろうとは思います。
しかし、戻ることができなくなるであろう2つのリスクがありました。一つがエネルギー枯渇による動作能力低下のリスク。もう一つが天候急変による凍死のリスクです。
事実、山頂の方からモクモクとガスが出始め、そのガスはどんどん成長し、瞬く間に自分がいる一帯を飲み込まうとしていました。このあと撤退してベースキャンプまで下ることになりますが、下山途中に二度も雹にやられることになります。
再アタックをしなかった背景事情
標高5930mのベースキャンプに戻って体力・天気の回復を待ってから再アタックすることも考えました。日程的(パーミッションの期間)にはギリギリで再挑戦できたので。
しかし、やりませんでした。その理由はソロではなかったからです。
妻が標高5350mのキャンプ地(ニド・デ・コンドレス)で軽度の高山病の症状が出てきたので、4230mのベースキャンプ(プラサ・デ・ムーラス)まで降りてもらっていました。
標高を下げたことにより高山病のリスクは減るものの、やはりその安否が気になったというのはありますね。私よりも高地に弱いですから。そういうことで私も下山をすることにしたのです。
もしソロだけで乗り込んでいたら再挑戦しただろうなと思います。
標高6000mオーバーとはどんな世界なのか
この標高を歩いた人間でないと想像することは難しいと思いますが、少し動作をしただけでまるで徒競走をした後のように息がゼェゼェします。自分の頭の想像通りに体が動きません。
標高6000mオーバーの世界と標高4000mとではまるで世界が違います。天と地の差がありますよ。感覚的には5000mを超えた辺りから体感的な世界が変わりますね。
標高4000くらいまでなら少し空気が薄いかな?くらいにしか感じませんが標高5000を越えると空気の薄さを実感します。緩い斜面を登っただけで呼吸が乱れます。
また、同じ標高でも赤道付近か離れているかで酸素濃度の違いを感じます。赤道付近では森林限界が高いので標高4000mを超えてもさほど酸素の薄さは感じません。
アコンカグア山のノーマルルートの難易度は全体的に富士山の吉田コース並み
アコンカグア山はチリとアルゼンチンの国境沿いにあります。アンデス山脈より西側にあるアコンカグア山は荒涼としており積雪量が多くありません。
日本海側と太平洋側の関係を想像してもらうと分かりやすいです。
そんな荒涼とした場所ですから、日本の厳冬期で言う豪雪地帯とは裏腹に標高5000mを超えても砂利が出ている箇所が無数にあります。まるで富士山みたいな感じですよ。コースの難易度としては富士山の吉田口から入る程度ですかね。(ただし、大トラバースの後の上り以外。てかその前に撤退してるし)
一番の壁は高度順応です。ここにどれだけ時間をかけられるかが成否を握る鍵になります。ですからキツキツの日程で日本から飛んできた場合、失敗する確率が高くなります。
高度順応期間中は時間を持て余す。どうやって過ごすしたのか?
高度順応ってかっこよく聞こえますけどやっていることは地味で、自分がベースにしている拠点よりも少し標高が高いところまで行って戻ってくることを連日、繰り返します。
早く歩く必要はなく自分のペースでゆっくりと歩きます。ですから体力を温存しながら徐々に体を鳴らしていくことができます。
歩くとは言っても朝から晩まで行動するわけではなく1日のうちの数時間を使って歩きます。多い時で8時間くらい行動したかな。
ですから時間が持て余すんですよねぇ。
私はどうやって過ごしたのか?というと文庫本を読んでましたねぇ。熱い男の話を。
今ならカッコつけてKindle端末持ってくぜ!と言いたいところですが、持って行きませんね。理由は低温の環境下では動作がもたついて使い物にならないからです。
高度順応のやり方はどこでどうやって覚えたのか?
ちらっとブログには書いてますが、初めて5000mオーバーの場所に行ったのはネパールのエベレスト街道でした。
日本の登山のように岩場を登るような登山ではなく、長い距離をトレッキングしながら標高を上げていくスタイルのため時間さえかければ高所に対する体の耐性ができてきました。
ネパールでは多くのシェルパ族が外国人トレッカーを相手にガイドなどをして商売をしています。中には日本語達者な方もいるんですよね。
エベレスト街道も個人で入っておりましたが、ガイドをしながら歩いていたあるシェルパ族の人が、一銭にもならない私たちに対して色々と高度順応に対する心得を教えてくれました。
往復で80km歩くので、道中でその人たちを追い越したり追い越されたりするわけです。その中で逐次、アドバイスくれましたよね。具体的には以下の2つです。
・急ぐな。ゆっくり歩け
・水を飲め。とにかく水を飲め
その経験がベースとなりアフリカのケニア山にも登頂します。こちらは赤道が近いためか樹林帯も標高3500mほどまで続き酸素の薄さをさほど感じずにあっさりと登ってしまった感じです。
以上の経験がアコンカグア山登山でも活きたというわけです。
ちなみに私も一緒に連れ添っていた妻も高山病に対する特殊な薬は使ったことがありません。すべてネイティブなスタイルで高地に対する免疫力を高めてきました。
衣類はどうしたのか?
20日間近くも入って衣類はどうしたのか?
乾燥しているのでほとんど汗をかきません。体はタオルで適宜、拭いてました。
一番気になるのはここだと思います。下着はどうしたのか?
下着は4セット持っていきました。速乾性のやつです。一度履いたら3日くらい着用します。アコンカグアの登山では物理的な環境上、持って行ける下着の数に限界があります。
そうは言っても、ずーっと着用しているのは気分的にいやだ。
ここで役立つものがあります。それは釣り用の折りたたみバケツ。
衣類はプラサ・デ・ムーラスの近くを流れる川で水を組んできて水洗いをしていました。石鹸は環境に影響を与えるので使えませんが、時間がふんだんにあるので丹念に水洗いに時間をかけることができました。
アコンカグアのベースキャンプでは晴天率が高く日中になると強い日差しが指します。洗った衣類はテントの中でロープに洗濯者を洗濯バサミで止めて日干しです。これで殺菌されんだろうなと。
おトイレはどうしたのか?
プラサデムーラスはベースキャンプですので、宿泊施設があったりおトイレが設置されています。
しかし、一旦、上に上がってしまえばおトイレはありません。大をやる時は岩陰に行ってやることになります。
大は分解できない標高ですので持ち帰りベースキャンプを出る時に、ゴミは出してないよという証として引き渡します。私はビニル袋を広げて用を足してました。
標高5000mオーバーの中で岩陰まで歩いて行って用を足すのってすごーくエネルギー使うんですよ。息は上がるし厚手の服を着ているので大変です。1日の中で一番苦痛な時間でしたね。
食事は何を食べたのか?
マッシュポテト、お粥、オートミール、ビスケット、ナッツがメインです。
明らかにカロリーもタンパク質も足りません。遠征後は66kgあった体重が4kg落ちていました。ほんと、よくこれで体が動いたよなと思います。
下山してメンドーサに戻った時は5日間、飲み食いをしてましたね。飲んでも食ってもどんどん入るんです。日中からワインやビールを飲み食って食って食いまくる生活です。それだけ体のエネルギーが消費したのでしょうね。
個人で入山する人は多いの?
個人で入る方もちらほらいますね。
やはり欧米人が中心です。日本人はなかなか時間を取るのが難しい、というのが実情です。
アメリカやオーストラリアから休暇を使って個人で入る方がいましたねぇ。日本人はなかなか難しい。
海外保険は利くのか?
海外保険はかけていましたが登山では適用できない内容です。つまりリスクを承知しながらも入山しています。
ところで入域するためにお金を支払ってパーミッションを取得していますが、何かあったら一応ヘリが飛ぶようにはなっています。例えば肺気腫とか。
ただ、どこまで飛んでくれるのかは未知数ですねー。まぁ、ヘリのパイロットからすれば厳冬期の北アルプスなんかよりは全然リスクが低いとは思いますけど。
スペイン語圏だが英語は通じるのか?
国際的にも有名な山ですから流石に英語は通じますよね。まぁ、国際色豊かな場所ですよ。
エクスペディションを組んでくる登山隊、私のように個人で入って来る人など色々な国から人が訪れます。ほとんどが、いわゆる先進国に居住している人たちなのですが。
ですからベースキャンプでスペイン語を使うことはなく英語のみだけでコミュニケーションが完結できちゃいます。
今なら撮影機材にフルサイズ換算15〜40mmのレンズを1本だけ持って行く
アコンカグア山の登山では望遠を使うような要素がありません。
実際に私が行った時は38mm〜114mm相当をカバーするコンデジを持って行きましが、ほとんどの写真を38mm相当で撮影しています。望遠側で撮影したシーンと言えば、高度順応最中に見えた眼下のベースキャンプをアップで撮影したくらいです。
今の私ならフルサイズ換算で15〜40mmくらいをカバーできるレンズを1本だけ持って行きますね。あるいは広角単焦点レンズ1本です。それ以上の画角は不要です。
まぁ、この辺りの話はまた別の機会に書きましょう。
それでは。